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9月1日(火)

13時から1ヶ月ぶりの板尾先生の川柳教室。授業の前に先生がお孫さんの話をされた。お孫さんが亡くなられた日に息子さんから電話があって「○○はもう帰らない」と言うので意味がわからなかったとか、次の日の早朝に関空に向かったら飛行機が満席で、しょうがないから吉本の名前を出して「昨日、孫が亡くなったのでどうしても東京に行かないといけないんです。私は板尾創路の父親です」と言ったところ、操縦席のうしろにある1Aの緊急席をなんとか手配してくれたとか、お葬式には吉本興業の大崎社長とか、ダウンタウンの松っちゃん浜ちゃん、ほんこんさんに、ドラマで一緒に共演してる江口洋介さん松嶋菜々子さんも来てくれて、ここは詳しく書かないが、松っちゃんも浜ちゃんもこんな様子だったとか、お孫さんは最期の夜にリンゴジュースとチーズを食べて、まだ2歳にもならないのに「お母さん、幸せ」と言って、結局それが最期の言葉になったとか、30分ほどお話しされた。来月78歳になる先生は「出来ることなら私が代わってやりたいですけど……」とおっしゃっていた。あと心優しい先生は「みなさん、孫の句はどんどん作ってくださいね。そんなん私に気使わんとどんどん作ってくださいね」とおっしゃった。教室のあとはお酒を呑んで、19時からは大阪なんばグランド花月で、観覧チケットが当選したので漫才と新喜劇を見た。どっちも見るのは初めてだった。となりの人は爆笑してた。

 
9月2日(水)

今日は昼から心斎橋で試験監督の面接だった。今回は金融機関で働く人が受験する試験の監督。10分ほどで終わったが、なんか気が抜けないというか、したたかな面接だった。一応上手くやれたと思うが、唯一落ちる要素としたら、Tシャツとジーンズ姿でふら〜〜と行ったことだろうか。これが決まれば年に6回仕事があるということで、たかが年に6回のために面接を受けるというのも馬鹿らしいと言えば馬鹿らしいが、これを100回繰り返したら、いつでも自分の気が向いたときに仕事が出来るということなので、大事なステップだと思う。なのでやっぱり無下には出来ない。

 
9月3日(木)

8時半起床。今朝は夢にビートたけしさんが出てきて、夢のなかでたけしさんにニヤニヤしながら茶々を入れてて、起きたときは現実の俺もニヤニヤしてておかしかった。俺ほんまにニヤニヤしながら夢見てたんやと思った。そして現実世界の今日は1日メルマガの作業。静かな1日であった。ここ数日、甲野さんの周辺の人たちから、先生が俺のことを面白いと言ってたよとか、褒めてたよとか、絶賛してたよとか、いろんな声が聞こえてくる。真偽のほどはわからないけど、本当だったら嬉しいことだ。

 
9月4日(金)

今日は1日パソコンで短期バイトをチェックしたり、イベントをチェックしたり、今後の1人会議をやった。どっちも気になるやつはなかった。晩ごはんを食べてるときに、おかんがテレビの政治家を見て「この人いくつやと思う?」って聞いてくるので「この人の年齢なんか興味ないわ、どーでもええわ」と言ったのだけど、しばらくしてから、あそこはもう少し優しく付き合ってやればよかったかなと反省した。

 
9月5日(土)

朝9時から1ヶ月ぶりのテニススクール。今日は3年前のコーチもいて「久しぶりやのー」と言われた。「3年ぶりですー」と言った。今日は体の力を抜いて、体全体で打つことを心掛けて、まあまあいい感じで打てた。レッスンのあとはそのコーチが練習をするというので1時間ほど見学した。コーチは今、根本的に打ち方を変えてるところで、今までのフラット系からトップスピンに変えてるところで、国体で優勝経験もある60代半ばのコーチが、これまでのフォームを捨てて変わろうとしてる姿は、胸に迫るものがあった。なんかすごいものを見た。

 
9月6日(日)

朝9時から薬師寺の近くにあるテニスコートで、市民テニス教室の1回目に参加した。5回3000円という安さに惹かれて応募したが、どうせ何も教わることなく適当にボールを打って終わりだろうと思っていたら、若いコーチがスピンサーブを教えてくれて、3球目にしてすごいサーブがギュインとコートに入った。そのあと5球はネットも越さなかったけど、教室のあとでさっきのコーチが「3球目であれが打てるのはすごいですよ。絶対上手くなりますよ」と褒めてくれて嬉しかった。あとストロークでは打つ直前に背中を見せるようにと言われた。帰り道、駅までトボトボ歩いていたら、自民党のポスターをベタベタ貼ってる会社があって、これ何の会社やろと思って見たら「○○組 ○○建設株式会社」と書いてあった。わっかりやすいなーと思った。

 
9月7日(月)

今日は昼から本町で登録バイトの面接だった。1時間ほど話を聞いた。今回ばかりは受かったなー、落ちる要素がないもんと思ってたら、夕方家に帰ってきたら不採用のメールが来てた。驚いた。今日は31日ぶりに1日1食で生活した。いつも書いてることだけど腹が減ってしょうがなかった。

 
9月8日(火)

今日も昼から本町で登録バイトの面接だった。昨日が24番出口で今日が23番出口。要領が悪く効率の悪い2日間になってしまった。しかも昨日は落とされたので全く無駄な1日だった。まあそれはしょうがない。今日はちゃらっと採用されてハンコを押して帰ってきた。明日は島根県の松江で浜田真理子さんのトークショーがあるのだけど、松江で浜田さんの話を伺える機会なんてそうそうあるものではないし、幸い手元に18切符は残ってるし、計算したら1万円もかからないし、明日は松江に行くことにした。これ以上に有意義な1万円があるだろうか。これ以上に人生を左右する1万円があるだろうか。ただ電車を調べてみたら片道9時間半だった。福山までの往復である。しかも2日連続である。なかなか厳しい旅である。

 
9月9日(水)

5時半起床。7時前に奈良を出て、京都、福知山、城崎温泉、浜坂、鳥取、米子と電車を乗り継いで16時半松江着。松江の町は京都をすっきりしたような、簡素で綺麗な町だった。宍道湖が目の前だった。町をぶらぶら散策してから18時からはトークショー。カラコロ工房という旧銀行の地下室で、参加費はお茶代500円のみで、松江市民が80人ほど集まった。トークショーは2時間あったが、進行役の男性が、なぜか浜田さんのCDをいっぱいかけたがる人で、あんまり話は聞けなくて、それだけはちょっと残念だった。でも最後に男性が「今宵は13曲たっぷりと聴いて頂きました」と満足そうに言ってたので、そうですかーって帰ってきた。そのあと町をぶらぶらしてから再びJRに乗って23時に出雲市着。駅から20分ほど歩いて漫画喫茶を確保した。トークショーでは最後の最後にリクエストの時間があって、リクエストと言ってもCDのリクエストやけど、誰も手を挙げなかったので、よっぽどそこで手を挙げて質問しようか迷ったけども、頭でシュミレーションしたら、あ、変な空気になるわってなって、結局手は挙げなかった。今でもあれが正解だったかわからない。でも無理に何かを通そうとしたら必ずそれは返ってくるので、あのときの俺は断念した。しかしチャンスではあった。それはそうと明日の電車を調べてみたら10時に出雲を出発して奈良に着くのが22時。12時間の旅である。もう嫌や。奈良に帰りたい。でも帰るのに12時間。なんやこの蟻地獄。とりあえず今日は寝ることにする。

 
9月10日(木)

5時半起床。6時半のバスに乗って朝から出雲大社に行った。出雲大社は初めて行ったが、俺の修練が足りないせいか、工事中だったせいか、特に感じるものはなかった。なんか公園みたいだった。ただ神在月に集まってきた神様たちの宿泊施設はコンパクトでかわいかった。カプセルホテルのようでもあった。そのあとぶらぶら散策してたら、いろいろと違和感があり、胸も苦しくなってきたので、怖いよーって帰ってきた。それで10時に出雲市を出て、8回ぐらい電車に乗って、22時過ぎ奈良に着いた。電車から見る風景は、昨日と全く同じなので、暇やなーと思いながら、日本に初めてやってきた外国人になってみた。そしたら緑がいっぱいあって、田んぼには稲も実ってて、すごく豊かな国だった。ええとこやなーと思った。マレーシアにもちょっと似てた。

 
 
 
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